日本で見ない症例。 日本より多い手術。
たった2年でも、現地医療と自身の成長を感じられた。
2017年 | 名古屋大卒、名古屋掖済会病院 |
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2019〜2021年 | 長期ボランティア医師 |
2021年4月 | あいち小児医療センター 形成外科 |
2023年2月 | 台北医科大学 留学 |
2023年8月 | 名古屋市立大学病院 形成外科 |
2024年4月 | 名古屋大学病院 形成外科 |
無償で命を救う。
誰も不幸にしない仕事が、他にあるだろうか。
高校生の頃の私は、進路に迷っていました。 誰かの利益になる仕事でも、同じことが別の人には不利益になるかもしれない。 誰にとってもいいと思える仕事なんてない。 仕事も進路も文理選択も、何も決められないような気がしていました。 ジャパンハートの吉岡先生を知ったのは、ちょうどその時期です。 『情熱大陸』の出演を観て、ただカッコいいと思いました。 医療のない地域へ、無償で医療を届け、人を救う。 誰の不利益にもならない、素晴らしい仕事です。 自分も医者を目指そうと決めたのは、そのとき。 医師となり初期研修を終えたタイミングでジャパンハートの長期ボランティアへ応募し、2年ほどカンボジアへ行きました。 周りからは専門医を取得してからでもいいと言われましたが、ジャパンハートの活動や国外の医療状況について、少しでも早く知りたかった。 まずは1週間の短期ボランティアへ参加し、ジャパンハートで働く医師の話を聞きながら参加を決めました。 とはいえ、長期ボランティアとしての、最初の3ヶ月は辛かった。 逐一周りの人へ指示を仰ぐばかり。 自分の勉強にはなる一方、周りの役に立てているとはとても言えない日々でした。

たまたま生まれた場所のせいで、亡くなる人がいる。
カンボジアへ来て、最初に知ったこと。 世の中は理不尽だということ。 ある患者さんを診て、痛感しました。 腎臓を患っている患者さん。 尿が正常につくられず、毒素が身体に溜まることで呼吸が苦しくなったり、薬で免疫も低くなったりして、最終的には亡くなってしまいました。 どうして、と思いました。 家族に愛され、健気で、普通に生きていた人が、悪いことをしたわけでもないのに、どうして、突然病気で亡くならないといけないのでしょうか。 同時に、不公平だとも思いました。 日本の医療体制だったら、助かったかもしれない。 たまたま病気になって、たまたま医療が未発達な場所に生まれて、だから亡くなってしまった。 救えなかった人のことを、今でも思い出します。 目の前の人を救いたい気持ちと同じくらい、世の中にある理不尽や医療の不公平をなくしたい想いもある。 そのために、ジャパンハートのような活動は大きな意義があるのだと信じています。

救える人を増やすには、自分にできることを増やす。
最初は1年間のボランティア予定でしたが、まだ学ぶべきことがあると感じて滞在を2年間に延長しました。 当時は、1日に50人程度の外来患者を現地医師とともに診察していました。 手術の数も多く、日本ではあまり経験できない症例にも向き合うことになります。 カンボジアの病院では、機器が古かったり、検査項目が不十分だったりと、できないことがたくさんある。 教科書もないので、自力でインターネット検索を駆使することもありました。 そうするうちに、2年で少しずつですが、緊急の対応ができるようになったり、新病棟が建ったり、個室をつくってプライバシーに配慮できるようになったり、みんなの力で医療の水準を上げていけるのです。 地道な積み重ねではありますが、ジャパンハートとして提供する医療も進化しているし、自身の成長も変化も感じることができました。 日本にいたら、きっと経験できなかったこと。 帰国した現在も、手術の際は、これってカンボジアだったらどうやるだろうな、と考えることがあります。

手術を経て、子どもの表情が変わる。
人生が変わる。
生まれつき唇や口腔内に割れ目ができる、口唇口蓋裂という病気があります。 日本では生後数ヶ月で手術することも多いですが、カンボジアでは5・6歳くらいまでそのままの子どもたちがいます。 手術を行うと、彼ら彼女らの表情はまるで変わり、たくさんの笑顔をみせてくれるようになる。 もっと笑顔で過ごせる未来に、医療で貢献したいと考えるようになりました。 帰国後は専門として形成外科を選択。 上手くいっていない身体の機能を、治す医療です。 将来的には、子どもの形成外科を志望しているところ。 子どもの医療センターへ勤め経験を積みながら、ジャパンハートの活動にも今後も参加していくつもりです。 ジャパンハートも変わっていくし、私も成長していくけれど、目の前の人のために全力を尽くす姿勢は、これからも変わらないと思います。